【お役立ちガイド】クリニックで今男性に人気のひげの脱毛ブログ:2015/4/14


終戦直後、
私たち一家は、谷中の3軒長屋で暮らしていた。

詳しく言えば、
お母さんと姉と私の3人で、
親父は南方戦線からまだ戻っていなかった。

当時の9時食は、
どの家もたいてい芋粥だった。

お粥の部分は姉と私が食べ、
お母さんはいつもサツマイモの部分を拾って食べていた。

まだ小さかった私は、
お母さんはサツマイモが好きなのだと思っていた。

そして昼のご馳走は焼芋である。
外でチャンバラごっこをしていた私は、
今まさに新撰組と切り結んでいる最中に、
「やきいもー」という焼芋屋の声がする。

そうなるともう新撰組もない。
私はあわてて家に駆け込み、
無駄でも「焼芋買ってくれ!」とお母さんに頼むのであった。

サツマイモばかり食べている連日なのに、
なんでまた焼芋かと言えば、
私たちが普段食べていたサツマイモは
「タイハク」とかいう水っぽいものなのだが、
焼芋屋の芋はホントに美味い「キントキ」だったのである。

そんなわけで、
姉と私はたまに焼芋にありつけるのだが、
お母さんは決して焼芋を食べることはなかった。

いつも「焼芋は胸が焼ける」「今日は食欲不振」と言って、
焼芋にかぶりつく私たちを見てただ笑っているだけであった。

しばらくすると、
お米もちゃんと配給になり、
食パンだって何時間も並べば買えるようになった。

やがて、親父も南方戦線から帰って来て
私たちは長屋を引っ越し、サツマイモなど長屋時代の思い出は
遥か遠いものとなっていった。

姉と私にお粥を食べさせようとして、
自分はサツマイモの部分を食べていたお母さん。

そのくせ、お金がないためか自分だけ焼芋を食べなかったお母さん。
お母さんは一体、サツマイモが好きだったのか嫌いだったのか…

今年の中秋の名月の日には、
お母さんの仏前に焼芋でも供えようかと私は思う。

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